【31巻1・2号】2022

植生史研究 第31巻第1・2号合併号(2022年10月発行)

[解説]
特集「縄文時代のマメ科植物のドメスティケーション」
中山誠二・那須浩郎,p.1-2
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[総説]
遺伝学・育種学からみたマメ科植物のドメスティケーション
友岡憲彦,p.3-16
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のドメスティケーションが日本で最初に進行したことを示唆している。アジア起源の近縁な作物であるアズキ,ツルアズキ,リョクトウ,ケツルアズキの比較ゲノム解析によって(A)種子サイズ,(B)裂莢性,(C)種子吸水性(休眠性)変化の遺伝的背景が明らかになってきた。種子サイズの増加は,少なくとも5 ~ 7 個の遺伝子変異の蓄積によって,裂莢性性消失は1 ~ 2 個の遺伝子変異によって,種子休眠性消失は種特異的な1 ~ 5 個の遺伝子変異によって達成されていた。近年進んだ原因遺伝子の解明とその遺伝的効果について,アズキを中心にいくつかの事例を紹介した。ほとんどの場合,ドメスティケーションは原因遺伝子の機能欠損型突然変異によってもたらされており,ドメスティケーションによる遺伝的変化が急速に進んだひとつの理由であると考えられた。これらの知見から,野生植物から特定の遺伝子の機能を壊して新たに作物を作り出す「ネオ・ドメスティケーシ」と名付けた試みを,ストレス耐性を例に行っている。

[総説]
中国・韓国・日本列島の先史時代におけるダイズ属・アズキ亜属植物と栽培の検証研究
小畑弘己,p.17-22
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本論は東アジアの考古学におけるマメ類栽培研究について概観したものである。東アジアにおけるマメ類,例えばダイズ属やアズキ亜属の栽培は,中国・韓国・日本という中緯度地帯の多地域で,およそ7000 ~ 6000 年前に各地で開始されたようである。その根拠の一つに種子上に現れる栽培化徴候群の一つである種子サイズの大型化現象があるが,この現象が発露しない栽培行為の存在も主張されており,様々な角度から栽培行為の立証が行われている。現在では,議論の中心は,栽培行為の存在そのものより,その時期の評価に移行している。このような中,近年の土器圧痕調査の増加は,とくに日本列島内におけるマメ類利用の歴史を明らかにする上で大きな貢献を果たした。土器圧痕マメは種子の大型化の議論を可能にしたばかりでなく,マメ類の人共生植物としての地位を確固たるものにした。また,中国・韓国新石器文化と縄文文化の多量混入種実種と混和意図の違いは,穀物を軸としない縄文文化特有の植物栽培体系の存在と食用植物中のマメ類の重要性をうかがわせている。

[原著]
縄文時代のダイズ種子の形質変化とドメスティケーション・プロセス
中山誠二,p.23-32
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本稿は,縄文時代におけるダイズ種子の形態・形質変化に関するこれまでの研究を整理した上で,山梨県堰口遺跡の検出資料をケーススタデイとして,縄文時代前期から中期の種子の大きさと表皮組織を中心とした時間的変化の分析を行った。その結果,縄文時代中期前半には種子の大型化現象が進む一方で,ブルームと呼ばれる表皮構造にはほとんど変化が見られないことが判明した。このことは,栽培化症候群の一現象である種子の大型化に比べ,光沢表現型や表皮構造の変化のタイミングが遅れることを示唆している。これまでの先行研究と今回の分析結果を整理すると,中部高地においてはダイズの種子大型化が約5500 ~ 5100 年前に顕在化しはじめ,表皮構造の変化が約5100 ~ 4900 年前以降,種子形態の多様化が約4900 ~ 4400 年前以降に進行しつつあったと捉えることができる。種子の大型化や形態分化,表皮構造などの複数の形質変化の時間差は,縄文時代におけるダイズGlycine max のドメスティケーションのプロセスを示していると考えられる。

[原著]
八ヶ岳南麓と周辺地域における縄文時代のマメ科種子長の通時的変化
佐野 隆,p.33-42
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縄文時代におけるマメ科種子の栽培化と利用をめぐっては異なる見解が示され,種子の大きさだけで栽培化を議論することに疑義もある。縄文時代のマメ科試料の古DNA 解析ができない現状においては,まずは縄文時代の物質文化との対比,さらには縄文時代の生業全体との対比を通じてマメ科利用を検討する必要がある。小論では,そのための基礎資料として,八ヶ岳南麓と周辺地域の縄文時代遺跡で出土した土器からレプリカ法で検出されたダイズ属とササゲ属圧痕の種子長の,土器型式ごとの変化を示した。その結果,ダイズ属は中期前葉に種子長が伸長し,ササゲ属はやや時期が遅れて伸長が認められ,マメ科種子の大きさ変化に関する既存の研究成果を追認するものとなった。特に種子長の最小値が伸長傾向にあることから,マメ科群落に人為的な影響・干渉が生じたことが示唆された。

[総説]
マメ科の人類生態学・歴史生態学
高瀬克範, p43-57
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考古学的な遺跡から出土する動植物遺存体は,人類による利用内容を明らかにすることを目的とした人類生態学的な観点からも利用可能であるが,その動植物自体の歴史を解明する歴史生態学的な観点からも扱うことができる。こうした立場から本稿では,人類の過去を明らかにする学問であると同時に,遺跡から出土した資料をもちいて動植物の歴史を解明する歴史生態学の一部でもあるとして考古学を再定義した。そのうえで,人類生態学的な観点から,ドメスティケーションの定義,マメ科に立脚した農業の存否問題,将来の人類にとってのマメ科の意義を議論した。歴史生態学的な視点からは,野生種のみが遺跡から出土する時期・地域であってもマメ科の歴史研究は可能であること,人類によって隔離された集団には創始者効果,遺伝的浮動,同系交配が同時に作用するため遺跡出土のダイズ属やアズキ亜属の評価にもこうした観点が必要であることを指摘した。発酵加工は,人類生態学と歴史生態学の双方にとって非常に重要な要素であるが,現在のところ直接的な証拠によるアプローチは難しく,間接的な手法によって検討するしかないことを確認した。