【30巻2号】2022

植生史研究 第30巻第2号(2022年6月発行)

[巻頭写真]
ニワトコの生育環境と縄文時代のニワトコ果実酒製造試験
平岡 和
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[原著]
鹿児島県国分平野周辺における最終氷期末期以降の植生変遷
吉田明弘・吉山一輝・森脇 広,p.49-58
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鹿児島県国分平野におけるボーリングコア試料の花粉分析結果から,詳細な時間軸に沿った最終氷期末期以降の植生変遷を明らかにした。平野周辺では,約13,000 ~ 12,500年前には冷涼な気候環境でコナラ亜属を主体とした冷温帯落葉広葉樹林が分布していた。約12,500 ~ 7300年前には温暖化に伴って,冷温帯落葉広葉樹から暖温帯常緑広葉樹へと構成種が変化した。約7300年前以降にはアカガシ亜属やシイ属などの暖温帯常緑広葉樹林が形成された。また花粉分析の結果は鬼界アカホヤ火山灰の降灰以前から冷温帯落葉広葉樹の減少と暖温帯常緑広葉樹の増加を示しており,この時期の森林変化は降灰の影響ではなく,気候の温暖化に対応したものである。この結果を九州南部の花粉分析結果と対比し,この地域の最終氷期末期以降の時空間的な植生変遷を考察した。約14,000年前の九州南部では亜高山帯針葉樹と冷温帯落葉広葉樹の混交林が分布したとされていたが,国分平野では約13,000年前からいち早く冷温帯落葉広葉樹林が形成された。約10,000年前以降から暖温帯常緑広葉樹が分布を拡大させ,約6000年前以降には各地で暖温帯常緑広葉樹林が成立した。また,国分平野は暖温帯常緑広葉樹林の成立時期が肝属平野より約1600年遅れた。その原因は鹿児島湾内への黒潮流入による気温変化と関係している。

[原著]
関西地方の縄文集落におけるササゲ属アズキ亜属・ダイズ属利用の可能性
柳原麻子,p.59-70
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ササゲ属アズキ亜属やダイズ属などのマメ類の種子は,近年土器圧痕調査の拡充に伴い検出事例が急速に増加しつつある。特に縄文時代前期・中期の中部高地・関東地方西部や縄文時代後期・晩期の九州地方では検出事例が多く,中部高地・関東地方西部で確立したマメ類の栽培技術が西日本へ波及した可能性も指摘されている。本稿では関西地方の縄文遺跡を対象とした土器圧痕調査や,種子圧痕・炭化種子などのマメ類試料の集成から,マメ類やその利用技術の関西地方への影響を検討した。土器圧痕の調査では縄文時代後期と晩期の土器にアズキ亜属やダイズ属の種子を認めた。ダイズ属の種子は中部高地・関東地方西部のマメ類の栽培化に伴い形態分化したとされる「大型楕円ダイズ型」と形状が類似する。マメ類の集成では縄文時代後期以降にアズキ亜属やダイズ属の種子圧痕・炭化種子の検出数がやや増加しつつあり,またアズキ亜属は大型の種子が後期・晩期に多く認められることが明らかとなった。このことから遅くとも縄文時代後期以降には,関西地方にマメ類そのものや,マメ類の利用技術が波及した可能性が考えられる。ただし,中部高地・関東地方西部や九州地方ではマメ類の検出事例が増加する時期に,植物の採集・管理栽培に用いられたとされる打製石斧が増加する傾向にあるが,関西地方の縄文遺跡からは同様の傾向が見出せていない。関西地方では,マメ類が波及したのちも植物利用の体系が大きく変化することはなかったと考える。

[原著]
縄文時代におけるニワトコ果実の用途の推定
平岡 和・那須浩郎・金子明裕,p.71-85
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縄文時代の遺跡からニワトコ属の核がよく出土することから,当時の人々にとってニワトコは有用な植物だったと考えられる。しかし,生の果実は有毒なシアン化合物を含むため,生食用とは考え難く用途がよく分かっていない。これまでは,ニワトコSambucus racemosaによる酒造りなどが議論されてきたが,それを実験で検証した例は無い。本研究では,1)エゾニワトコS. racemosa subsp. kamtschatica を用いた発酵試験,2)データベースを基にしたニワトコ属核の出土状況の分析,3)世界のニワトコ属利用の民俗事例の整理,4)エゾニワトコ果実の成分分析を実施した。その結果,1)エゾニワトコを主体とした配合では,アルコール濃度は1%未満だった。2)縄文時代の人為的要素が強い遺構からの出土事例のうち,49.5%で炭化核の出土が報告されていた。3)西洋のニワトコ属果実は食用・薬用へ利用される一方,日本のニワトコは枝葉の呪術・祭祀への利用が目立った。4)エゾニワトコはビタミンC,Eを比較的多く含んでいることが明らかになった。以上の結果から,今後は縄文時代におけるニワトコ果実の用途を,ビタミン源としての食用と,呪術・祭祀への利用の2つの側面から検証することが望まれる。