【10巻2号】2001

植生史研究 第10巻第2号(2001年10月発行)

[巻頭写真]
青森平野南部の大矢沢における後期第四紀の大露頭
辻誠一郎, PDF

[総説]
灰像と炭化像による先史時代の利用植物の探求
松谷暁子, p47-65, PDF

先史時代の人々が利用した植物を知るには,先史遺跡から出土した植物遺残を識別し,どのような植物を利用していたのかを知ることが必要である。日本では, 低湿地遺跡から出土した植物遺残が研究の主流であったのは,低湿地出土植物遺残の方が,外形の保存が良く,識別にも都合が良かったからである。より生活に 密着した,住居址等で出土する植物遺残は,ふつう炭化した状態で見いだされ,外形の保存が一般に悪く,識別が困難なことが多い。光学顕微鏡しか利用できな い時代には,こうした炭化物の識別を行うのに便利な方法は,炭化物を灰にして検鏡することであった。とくに穀類を識別しようとするときには,イネ科植物の 表皮細胞に多く含まれている珪酸を利用して,珪酸形骸,または灰像の珪酸塩を調べるのが唯一の方法であったといえるかもしれない。走査型電子顕微鏡 (SEM)の出現により,珪酸を含まない種類の植物でも,微細構造の観察が可能になり,シソ属やアブラナ属など穀類以外の利用植物の識別例が増加した。そ の結果,先史時代の人々や,初期の歴史時代の人々の利用していた植物の多様な様相がわかってきた。とはいえ,研究者数の少ないこともあり,これまでの報告 には地域による偏りが大きいのが現状である。これは,微細構造の観察にもとづいて正確に同定を行うには,対照植物の収集と観察などに多大の時間と労力を要 することが大きな原因であろう。

[原著]
北海道東部根室半島・歯舞湿原と落石岬湿原における晩氷期以降の植生変遷史
五十嵐八枝子・五十嵐恒夫・遠藤邦彦・山田治・中川光弘・隅田まり, p67-79, PDF

北海道根室半島東部の歯舞湿原と同半島基部の落石岬湿原から得られた堆積物について,テフラの同定,年代測定,および花粉分析を行い植生変遷史を明らかに した。テフラは,歯舞湿原では上位からKo-c2,Ko-d1,Ta-c1,Maf1の4層が分布し,落石岬湿原ではKo-c2とTa-aの混合層と Ta-c1の2層が認められた。歯舞では12,000 yr B.P.に高層湿原が誕生して現在に至った。湿原周縁の植生は12,000-11,000 yr B.P.はグイマツを主とし,エゾマツ/アカエゾマツと,わずかにトドマツやハイマツを混じえたタイガであった。11,000~10,000 yr B.P.はひじょうに寒冷で乾燥した気候のもと,グイマツの疎林が発達した。著者らはYounger Dryas期に対比されるこの寒冷期を「歯舞亜氷期」と新称した。10,000 yr B.P.からグイマツは急減して,7000 yr B.P.までに消滅した。その後トドマツは消滅したが,エゾマツ/アカエゾマツは半島に優勢に分布した。5200 yr B.P.にエゾマツ/アカエゾマツは半島基部まで後退し,Quercusを主とする広葉樹林が成立して現在に至った。暖かさの指数からみて亜寒帯に属する 半島に針葉樹が分布しなかった要因として,半島東部へ吹き付ける強い局地風による乾燥が考えられる。落石岬湿原ではLoc. 1とLoc. 2で4600 yr B.P.に泥炭が堆積し始めた。その頃から湿原周縁にアカエゾマツや,Quercus,Betula,Alnusが分布し,2500 yr B.P.からトドマツが増加した。Loc. 1とLoc. 2で湿原を取り巻く森林の構成種に増減が見られるのは,地下水位の変化に伴って針葉樹と広葉樹の間で競合が繰返された結果である。

北海道東部,ユルリ島における晩氷期以降の植生変遷
守田益宗, p81-89, PDF

晩氷期以降における根室地方の植生変遷を明らかにするため,ユルリ島にある湿原2カ所から堆積物を採取し,花粉分析を行った。約12,000年前頃までは ダケカンバの疎林がみられる草原状の景観であった。その後,グイマツが侵入し森林を形成したが,やがてアカエゾマツ林が発達するようになった。グイマツは 約8000年前頃に消滅するが,アカエゾマツ林は約4500年前ごろまで続いた。以後,ユルリ島では森林植生が発達することはなかった。根室半島部では針 葉樹林が衰退しても,ミズナラなどの冷温帯林は,夏季の冷涼・湿潤な気候によって分布の拡大が妨げられた。ダケカンバはゆるやかに増加し,針葉樹林も約 2500年前から根室半島西部で次第に増加を始めたが,半島東部では森林はまだ十分に発達していない状態である。

日本の間氷期堆積物に含まれるサルスベリ属Lagerstroemia花粉化石の形態
藤木利之・百原新・安田喜憲, p91-99, PDF

日本の間氷期の地層から産出するサルスベリ属花粉化石の種を同定するために,サルスベリとシマサルスベリ,ヤクシマサルスベリの短雄蕊と長雄蕊の現生花粉 を光学顕微鏡と走査電子顕微鏡で観察し記載した。その結果,2種1亜種間の形態の差は長雄蕊花粉ではみられなかったが,短雄蕊花粉ではシマサルスベリとヤ クシマサルスベリがサルスベリよりも小型で,両極の外壁が厚かった。本州の4地点の最終間氷期を含む間氷期の堆積物から抽出したサルスベリ属花粉化石は, ほとんどが短雄蕊花粉で,長雄蕊花粉もわずかに含まれていた。短雄蕊花粉化石の形態を現生花粉の形態と比較した結果,シマサルスベリ・ヤクシマサルスベリ と類似していた。日本の大型植物化石記録や中国の現生花粉形態記載と比較しても,更新世の間氷期に本州中部に広く分布していたサルスベリ属はシマサルスベ リやヤクシマサルスベリであった可能性が高い。

窓-まど 植生史研究と分類学では種の認識を共有できるか, PDF

[書評]
NHKスペシャル日本人はるかな旅
辻誠一郎
図説 植物用語辞典
能城修一, PDF

Plants in Archaeology-Identification manual of vegetative plant materials used in Europe and the southern Medeterranean to c
能城修一
Cambridge University Press, Cambridge
能城修一, PDF

[事務局報告]
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