【9巻1号】2000

植生史研究 第9巻第1号(2000年11月発行)

[巻頭写真], PDF
亜高山帯針葉樹林と偽高山帯植生
守田益宗

[総説]
最終氷期以降における亜高山帯植生の変遷 -気候温暖期に森林帯は現在より上昇したか?-
守田益宗, p3-20, PDF

現在の亜高山帯域は,最終氷期最盛期には植被の乏しい環境であった。晩氷期末期になると高山帯下限は,現在の亜高山帯の下限付近に 位置していた。本州系の針葉樹林は中部山岳の一部をのぞき衰退し,東北地方南部まで分布していた北方系針葉樹林も姿を消した。後氷期になると,山岳上部に 植物が進入・定着し草原的な景観の植生が形成された。北海道ではグイマツをのぞき針葉樹林が継続して存在した。本州では針葉樹林の増加開始時期は地域によ り異なる。白馬岳-苗場山-至仏山-鬼怒沼山をむすぶ北緯37度付近では約2500-6500年前までの様々な年代以降に,これ以北では約 2500-3000年前から,以南では約6500年前あるいは氷期から針葉樹林は増加を開始した。気候温暖期にブナ帯上限が現在よりも上昇していたことは 疑わしい。日本海側山地や東北日本において針葉樹林帯を持つ山岳と持たない山岳の植生の違いは,約2500年前以降の針葉樹の増加と森林形成の有無を通し て形成された。冬季の積雪や強風を避けることができる適地に生育していた針葉樹が,森林が未発達であった現在の亜高山帯域に侵入・定着した。気候変化の速 度に植物の分布・移動が追いつかないことや,地理的な積雪量の多寡あるいは季節風の強弱,山岳部の平坦面の大きさ,土壌の未発達などの個々の山岳の条件や 分布していた針葉樹林の規模によりこれらの侵入・定着時期が左右されたとみられる。

[原著]
小笠原諸島母島石門地域に残存する伐根から推定されるオガサワラグワの生態的特徴
吉田圭一郎・岡秀一, p21-28, PDF

小笠原諸島母島の石門地域には原植生とされる湿性高木林が残存している。この森林は戦前に択伐という人為的な攪乱を受けており,森林内にはオガサワラグワ の伐根が散在している。この湿性高木林内に散在するオガサワラグワの伐根や生立木から得られる情報を基に,本研究では伐採される直前のオガサワラグワの生 態的な特徴を検討した。湿性高木林内に散在していた伐根は木材構造や材質からすべてオガサワラグワに同定できた。伐根の分布から,伐採直前には石門地域で はオガサワラグワは上の段の湿性高木林内だけに分布し,石門山東向き斜面のモクタチバナ優占林には含まれていなかったことが明らかになった。また,オガサ ワラグワは湿性高木林の林冠層にのみ8.1~11.9個体/haの密度で含まれ,現在湿性高木林の林冠層の重要な構成種であるムニンエノキやセンダンとほ ぼ同等の個体数密度で分布していたと考えられた。これらのことから,オガサワラグワが伐採直前には湿性高木林の林冠層を構成する重要な樹種の一つであった と考えられた。

Wooden artifacts and natural woods recovered from the Ireibaru C Site, Okinawa, of the Early Jomon Period and their implication on overseas transport
Shuichi Noshiro, p29-42, PDF

Thirty four wooden artifacts and fifty three natural woods of the Early Jomon Period recovered from the Ireibaru C Site at Chatan Village of Okinawa Island were identified. They included twenty seven taxa. Among artifacts flat grain boards of Machilus and Melia azedarach were conspicuous. Natural woods included no typical taxa of mangrove. Common stemwood taxa were Castanopsis sieboldii, Ficus cf. erecta, Euonymus, Hibiscus tiliaceus, Fraxinus griffithii, and Ehretia cf. ovalifolia. They were accompanied by rootwoods or stemrootwoods of Machilus, Ilex, Heritiera littoralis, Barringtonia racemosa, and Fraxinus griffithii. These taxa probably formed a seaside or back mangal forest and a lower upland forest around this area. Besides these taxa indigenous to present Okinawa Island, artifacts included three coniferous taxa not growing in the present Ryukyu Islands: Cunninghamia, Chamaecyparis obtusa, and Calocedrus macrolepis. These three taxa grow together only in Taiwan at present, and two species of Cunninghamia and Calocedrus macrolepis also grow in China and Chamaecyparis obtusa in mainland Japan. Transport of these wooden artifacts to Okinawa Island from Taiwan or China during the Early Jomon Period is discussed in relation to ocean and human transport.

青森平野南部,青森市大矢沢における縄文時代前期以降の植生史
後藤香奈子・辻誠一郎, p43-53, PDF

青森平野南部,青森市大矢沢における縄文時代前期から古代にかけての植生変遷を花粉化石群の解析をもとに検討した。大矢沢では埋没林と縄文時代前期の遺物 を包含する小谷が見いだされ,そこには十和田中掫浮石(To-Cu)をはさむ泥炭-シルト質泥炭を主体とした堆積物に,砂-シルトの無機堆積物層が何層か 挟まっていた。この堆積物の有機物量はハンノキ属やトネリコ属の花粉および単条型胞子と正の相関を示し,ハンノキ属やトネリコ属の湿地林が河川の増水や氾 濫などによる無機物の流入によって繰りかえし破壊されていたことが明らかとなった。ハンノキ属やトネリコ属をのぞく樹木花粉の変動をもとに5つの局地花粉 化石群帯が認められた。その結果,大矢沢周辺の縄文時代以降の植生変遷を,ブナ属・コナラ亜属が優勢な落葉広葉樹林期a,ブナ属・コナラ亜属が優勢な落葉 広葉樹林期b,クリ属・ウルシ属の拡大期,コナラ亜属・トチノキ属が優勢な落葉広葉樹林期,ブナ属・コナラ亜属が優勢な落葉広葉樹林期の5時期に区分し た。大矢沢おける植生変遷は,三内丸山遺跡やその周辺において明らかになった植生変遷と類似しており,縄文人が大矢沢においても森林資源を積極的に利用し ていたことが明らかとなった。

報告 -第10回国際花粉学会議および巡検, PDF
半田久美子