【28巻2号】2020

植生史研究 第28巻第2号(2020年3月発行)

[巻頭写真]
ギョイテペ遺跡̶アゼルバイジャン・日本による共同発掘調査
赤司千恵・西秋良宏・ファルハド=キリエフ, p.45-46
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[原著]
長野県梓川上流域における地形植生史:山地の斜面発達と植生分布構造
高岡貞夫・苅谷愛彦, p.47-58
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長野県梓川上流の支流である玄文沢と善六沢の流域を対象に地形と植生の記載を行い,年輪試料の分析や14C年代測定なども行ったうえで,過去数百年間の地形変化が流域の植生分布構造とどのような関係にあるのかを検討した。山腹斜面にはシラビソ林やコメツガ林が卓越するが,大規模地すべり地の滑落崖やその前面の移動体にカラマツ林やトウヒ林が形成されていた。沖積錐には土石流による攪乱で形成されたタニガワハンノキの一斉林と,ウラジロモミの優占する成熟林がみられるが,玄文沢沖積錐の扇頂部から扇央部にかけて細長く延びる大型の土石流ローブにはトウヒの優占する林が存在していた。この土石流ローブは,沖積錐上で土石流による攪乱が及ぶ範囲を制限し,沖積錐を地表攪乱が頻繁に起こる領域とそうでない領域とに分けている。このため,タニガワハンノキ林が形成され
ているのは,この土石流ローブより南側に限られていた。地形やその構成物の岩種などの特徴から,玄文沢上部でカラマツ林やトウヒ林の成立する大規模地すべり地の形成と沖積錐上の大型土石流ローブの形成は一連のものと考えられる。約370 ~ 350 年前に発生した大規模地すべりは,発生域となった山腹斜面と土砂の堆積域となった沖積錐のそれぞれにおいて,植生の立地形成や攪乱条件の変化をもたらすことで,現在の植生分布構造に影響を残していると考えられる。

[総説]
アゼルバイジャンにおけるヨモギ属(Artemisia spp.)利用史
赤司千恵・門脇誠二・ファルハド=キリエフ・西秋良宏, p.59-70
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ヨモギ属(Artemisia spp.)は民族誌において非常に重要なハーブであり,消化器系や呼吸器系の疾患,婦人病,感染症などに広く使われ,その薬効成分は成分分析でも確認されている。しかし,過去の社会にとってのヨモギ属の重要性を示す証拠は,これまで非常に限られていた。西アジアの出土植物データベースでも,ヨモギ属が人為的に採集されていたことを示す事例は1 例のみである。しかし例外的に南コーカサスでは,ヨモギ属の炭化種実が多数出土する遺跡が,狭い地域のなかに集中している。中石器(前7千年紀)から新石器時代(前6千年紀)にかけての3 遺跡で,その一つであるギョイテペ遺跡での検出状況は,ヨモギ属が防虫/抗菌剤として用いられたことを示した。ヨモギ属の殺虫・防虫効果は科学的にも証明されており,民族誌でも防虫剤として使われる。遺跡全体から高い頻度で出土することから,ヨモギ属は防虫剤としてだけでなく日常的にさまざまな用途に使われていたと思われる。ヨモギ属の多用は,先史時代のアゼルバイジャン西部の地域性を示す文化要素の一つと言える。

[短報]
京都府桑飼下遺跡出土土器の種実圧痕
柳原麻子・松﨑健太, p.71-76
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[雑録]
報告―日本植生史学会第47 回談話会報告
菊地達郎, p.77-78
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[事務局報告・正誤表] PDF