植生史研究 第19巻第1-2号合併号(2011年4月発行)
[原著]
メタセコイアと三木茂の生涯
塚腰実・百原新・南木睦彦, p1-14 PDF
三木茂博士(1901-1974)は,メタセコイア属の発見をはじめとする新生代後期の植物化石の分類学的・古生態学的な研究,水草を含む現生植物の分類 学的研究の上で大きな業績を残した。この総説では,三木博士の生涯,メタセコイアの原記載,大阪市立自然史博物館に所蔵されている三木コレクショ ン,1950 年にアメリカから導入された現生のメタセコイアの苗木の育成を行ったメタセコイア保存会の活動を紹介した。また,三木博士の著作目録を掲載した。
オオミツバマツ植物群についての最近の研究
塚腰実, p15-24, PDF
愛知県から岐阜県にかけて分布する東海層群の土岐口陶土層および瀬戸陶土層からは,Pinus trifolia Miki(オオミツバマツ)が産出する。Pinus trifolia を産出する化石植物群の層準は,三木茂博士によりPinus trifolia bedと命名され,産出した化石をもとにMetasequoia が記載された。Pinus trifolia bed から産出する化石植物群,すなわちPinus trifolia flora(オオミツバマツ植物群)は,絶滅属をともない多くの温暖種や外地生要素を含む。本総説では三木博士の研究以後に行われた,土岐口陶土層および 瀬戸陶土層についての古生態学,生層序学,堆積学,放射年代学的な研究を紹介した。Pinus trifolia flora は,テフラの年代測定により,現在では中期中新世末-後期中新世初期(10-12 Ma)の化石植物群と考えられている。
ヨーロッパ中部のルザティア産スギ科木材化石の研究 -とくにTaxodioxylon に注目し,特異な命名や分類にも触れる
Martina Dolezych, p25-46, PDF
スギ科の木材化石はヨーロッパ中部のルザティアやヨーロッパの新生代でもっとも研究が進んでいるグループである。これらの針葉樹の属は古くから知られてい たが,現生属との関係といった面で,属名には混乱がある。ルザティア産スギ科木材には,セコイア属,スギ属,ヌマスギ属と近縁なTaxodioxylon の種や,スイショウ属やコウヨウザン属と近縁なGlyptostroboxylon の種があり,奇妙なことに,タイワンスギ属に近縁なCupressinoxylon の種がある。さらに,絶滅属のQuasisequoioxylon や絶滅種Juniperoxylon pachyderma ex parte もある。Juniperoxylonの一種はCupressospermum saxonicumと共伴した。形態属Quasisequoioxylon は,スギ科や狭義のヒノキ科と共通の木材構造をもっており,絶滅属Quasisequoia の木材であると考えられる。Glyptostroboxylon tenerum (Kraus) Conwentz の基礎異名であるGlyptostrobus tener Kraus の基準プレパラート標本が再発見され,それを詳細に再検討した結果,Glyptostroboxylon の記載を改訂することができた。ヌマスギ属やスギ属,セコイア属,メタセコイア属,セコイアデンドロン属など現生の多くの属と近縁な種を含むためもっとも 普遍的な形態属はTaxodioxylon である。この形態属は1948 年にHartig によってTaxodioxylon goepperii を基準種として設立された。Gothan は1905 年にこの分類群を改訂している。例えば,Greguss とBolkhina はMetasequoioxylonとともにSequoioxylon を使っているが,これらの属は広い意味でのTaxodioxylon に含まれるため,Taxodioxylon の改訂が必要であることを呈示した。Cupressinoxylonの一種はタイワンスギ属にもっとも類似する。木材化石だけでなく,クチクラをはじめと する他の器官の情報を合わせて考えることによって,中新世のルザティアで泥炭を形成した森林を復元することが可能となる。木材化石記録は,スイショウ属な どを伴った比較的富栄養な段階から,セコイア属やコウヨウザン属,タイワンスギ属を伴う中栄養な段階をへて,スギ属などを伴った貧栄養の立地へと変化した ことを示している。
ハンガリーの700万年前のBükkábrány化石林の構造
Miklós Kázmér, p47-54, PDF
ハンガリーのBükkábrány において,直立した樹幹からなる上部中新統(Pannonian)の化石林が見いだされた。露天の亜炭鉱で,高さ6 mにおよぶ元径1.8-3.6 m の樹幹16本が見つかった。この森林は約700万年前にPannon湖の水位の変動によって水没した。デルタの発達によって,この地域は砂層で覆われたた め,樹幹が水につかった状態で保存された。樹木密度はヘクタール当たり36本で,樹木は3-16 m の間隔をおいて立っていた。胸高直径は137-248 cm であって,胸高断面積は3.46-8.44 m2 で,ヘクタール当たり240 m2 であった。樹高は44-52 mと推定され,樹幹の材積は44-125 m3 であり,全生物体量はヘクタール当たり1400 トンと推定され,年間の純生産量は2.8 トン位であった。
日本の第四紀におけるスギ科樹木の残存と絶滅の過程
百原新, p55-60 PDF
中部日本の鮮新・更新世堆積物から産出するスギ科大型植物化石の研究史と層位分布を概説し,スギ科樹木の残存と絶滅の過程を議論した。タイワンスギ属とセ コイア属は後期鮮新世から前期更新世初頭にかけて中部日本から絶滅し,メタセコイア属とスイショウ属は前期更新世の終わり頃に絶滅した。コウヨウザン属は 中期更新世まで生き残り,その後絶滅した。これらの属の絶滅は,海洋酸素同位体曲線に表れている,地球規模の気候寒冷化のステージの前後に起こっている。 堆積盆地周辺では気候の寒冷化と同じ時代に山地域の隆起も活発化し,スギ属やヒノキ科,マツ科の針葉樹の増加をもたらした。メタセコイア属とスイショウ属 の氾濫原の生育域は,前期更新世後半により活発化した山地の隆起や海水準変動の影響を受けやすかった。山地の隆起によって沖積低地が分断化され,気候と海 水準の変化に対応したメタセコイア属とスイショウ属の移動経路が制限されたと考えられる。
四国地方における最終亜間氷期以降のスギの空間分布の変遷
三宅尚・中村純・山中三男・中川赳・三宅三賀, p61-68, PDF
花粉分析資料をもとに,四国地方における最終亜間氷期以降のスギの空間分布の変遷を明らかにした。最終亜間氷期にはスギが広い範囲で優占していたと推定さ れるが,室戸岬の池山池湿地周辺を除き,その終末に向かって大きく衰退した。最終氷期最盛期直前から晩氷期にかけては,池山池湿地と高知平野薊野低湿地の 周辺を除き,スギは優勢ではなかった。室戸岬と高知平野には,最盛期にスギの逃避地が存在したものと考えられる。後氷期初頭には,コナラ属アカガシ亜属と シイ属の優勢な常緑広葉樹林が太平洋側沿岸域を中心に著しく分布拡大した。池山池湿地周辺のように後氷期後期にスギが著しく増加した地域も一部認められる が,スギは後氷期全体を通して優勢とはならなかった。
森林科学とメタセコイアへ傾けた情熱:ジョン・E・キューザーへの讃辞
Ari Novy, Sasha Eisenman and Jason Grabosky, p69-74, PDF
ジョン・E・キューザー(1925-2008)は1981 年から2001 年までルトガース大学の林学教授であった。彼は50 才を越えてはじめて学界に入ったが,森林科学にとって多くの重要な貢献をした。彼はメタセコイアが将来,林業や園芸の上で重要な種となると信じていて,メ タセコイアに注目した研究を数多く残した。ここでは彼の生涯と業績をふり返り,彼のメタセコイアと森林科学への貢献を概観する。
米国に植栽されているメタセコイア樹木にみる安定同位体比の変異:気候変化のシグナルとしての同位体比変異の統計的評価
Hong Yang(杨洪), Brian Blais and Qin Leng(冷琴), p75-88, PDF
様々な気候環境の米国内39ヵ所に植栽されたメタセコイア樹木の葉を用いて,炭素と窒素の安定同位体比と元素濃度を計測した。27本の樹木については,南 向きの葉のn- アルカンの水素同位体比も計測した。1950年から2009年の50年間の気象データは,植栽地の近くの観測所の測定値からまとめた。同位体比のデータ は,緯度と,年平均気温(AMT),春季(2 月-5 月)平均気温(SMT),年平均降水量(AMP),春季平均降水量(SMP)をはじめとする地理・気象変数と対比した。統計処理によって以下のことが明ら かとなった:1)n- アルカンの水素同位体比と緯度とは高い負の相関をもつ;2)水素同位体比は年平均気温と春季平均気温と有意な相関をもつ;3)水素同位体比は春季平均降水 量と低いが有意な相関をもつ;4)炭素濃度は気温と降水量,とくに年平均降水量,と有意な相関をもつ;5)窒素濃度と春季平均降水量は予期に反して相関を 持っていた。この結果,メタセコイアの化石から得られる炭素と水素の同位体比は古気候や古環境のプロキシーとして有用であることが示された。
一時代の終焉 -21世紀におけるスギ科樹木の保全状態
Philip Thomas and Ben A. LePage, p89-100, PDF
かつてスギ科に含められていた9属13種の樹木は独特で魅力的な針葉樹である。白亜紀から第三紀を通じてこれらの樹木は北半球の中緯度から髙緯度域の森林の主要な構成要素であり,様々な生態や立地,気候条件のもとで生育していた。始新世から漸新世にかけて生じた寒冷化と乾燥化にともなって,北半球全域でこれらの樹木の生育域は縮小した。鮮新世 から更新世にかけて気候が一層不安定となると,生育域はさらに縮小し,完新世が始まる頃には,ほとんどの種は東アジアや北米の南部と西部の限られた地域に 生育するだけとなった。完新世には人類の文明が発展し拡大したことによって様々な変化がもたらされ,それはこの2世紀の間にとくに顕著となった。農業や工業,および都市が急速に拡大したことによって,ほとんどの生物が多大な影響を受けた。先の13種のうちの9種は国際自然保護連合(IUCN)のレッドデータブックにおいて絶滅危惧種とされている。ここでは13種の現在の保全状況を概観し,とくにGlyptostrobus pensilisに注目して,これらの種の近未来における保全の見通しについて検討する。
南半球固有の針葉樹,Fitzroya cupressoides が氷期を生き延びた意味
Claire G. Williams, Victor Martinez and Carlos Magni, p101-108, PDF
メタセコイアが優占した森林の古植物学的な研究により,過去の気候変動に森林がどのように対処したのかを知ることができる。メタセコイアや北半球の髙緯度 域の森林樹木の研究では多くのことが解明されているが,南半球の針葉樹Fitzroya cupressoides で同様の成果を得るのは容易ではない。年輪解析や化石,氷河地質,遺伝情報を総合することによって,この針葉樹が,氷河の前進や火山の噴火,地震などにも かかわらず,チリの狭い地域において後期更新世を生きのびてきたことが明らかとなっている。この論説では,Fitzroya cupressoide の研究とそれに関連する研究を概観して,森林樹木が第四紀の気候変動のもとで狭い地域のなかで生きのびてきた理由を解明するには,何を明らかにしなければ ならないかを呈示する。
イヌガヤ科とイチイ科,スギ科の葉の分類システム
Ben A. LePage, p109-116, PDF
スギ科のばらけた葉は,生殖器官が伴わないかぎり,識別し分類することは普通困難である。スギ科の複数の属や,それにイチイ科やイヌガヤ科もおなじ堆積物 に包含されている場合,あるいは保存状態が悪い場合には,識別は一層困難となる。分離したスギ科の葉化石の識別を容易にする目的で,イヌガヤ属とスイショ ウ属,セコイア属,ヌマスギ属,イチイ属,カヤ属の現生種の葉を検討した。その結果,外部形態による葉の分類システムを構築することができ,分離した葉化 石の識別と分類に貢献することとなった。
近赤外分光分析法を用いた風化した古材の樹種識別
渡辺憲・安部久・片岡厚・能城修一, p117-124, PDF
近赤外分光分析法によって風化した古材の樹種識別がどこまで可能であるのかを,日本の美術史や歴史上で重要な樹種について調べた。森林総合研究所の木材標 本庫に保管されている,過去80 年にわたって各地で収集された針葉樹5 種の木材標本を用いて近赤外スペクトルを取得した。最小二乗判別分析を用いて,ヒノキとカヤ,ヒノキとサワラ,ネズコとスギの3 組の樹種が識別できるかどうかを検討した。同時にスペクトルの前処理と波長域の影響も評価した。検討した標本においては,830-1150 nm の波長域の2 次微分スペクトルを用いた最小二乗判別分析によって,100%の確率で2 種を識別することが可能であった。この結果,近赤外分光分析法を最小二乗判別分析と組み合わせて用いることで,試料を破壊することなしに,風化した古材を 識別できる可能性を示すことができた。
日本産ヒノキ科樹種の木材組織による同定
能城修一, p125-132, PDF
種の識別の可能性をさぐる目的で日本産ヒノキ科樹種の木材形質の変異を解析した。ヒノキ科の樹種は日本では先史時代から使われている重要な森林資源であ り,江戸時代になるとこれらの樹種が大量に運搬され日本中で使われた。ヒノキ科樹種の識別は,このため日本の先史時代と歴史時代の木材利用を解明するには 不可欠である。ヒノキ科の木材を種レベルで識別する可能性を明らかにするため,日本産ヒノキ科5 属7 種について分野壁孔と放射組織の数量的な形質の変異を調べた。形質の変異幅は大きく重なったが,分野壁孔の大きさと型,1 分野における数の平均値に注目すると種の識別が可能であることが明らかとなった。放射組織の高さと頻度は,形成層の活動レベルに強く影響されるせいか,種 の変異幅がほとんど重なっており,識別には使えないことが明らかとなった。この解析の結果,従来の観察にもとづく識別拠点が有効であることが確かめられた ほかに,新たな識別拠点も見いだされた。.