植生史研究 第11巻第2号(2003年10月発行)
[巻頭写真]
地域的絶滅が危倶される房総丘陵のヒメコマツ
尾崎煙雄・大場達之, PDF
[総説]
冷温帯林の腹背性と中間温帯論
中静透, p39-43, PDF
型の分類と分布に関しては,これまで主として気候条件と優占種の生理生態的特性のみから議論されてきた。しかし,近年森林動態や更新,長期の植生変化に関する研究が進み,気候条件と関連性を持った動物と植物の相互作用や人間由来を含む撹乱などが重要であるとする指摘がなされている。日本の冷温帯落葉広葉樹林については,ブナの優占する森林帯が代表的とされてきたが,近年の研究を総合すると,ブナが優占する森林はもっとも湿潤(かつ多雪)な気候に特異的に現れるものであり,Quercus属などを主体とした混交林が冷温帯では卓越していたと考えられる。中間温帯林として議論されてきた森林型もこれに含まれ,冬季の乾燥した気候,それに伴う山火事,あるいは人間活動などの影響を強く受けたものである。
ブナ林腹背性の形成要因
本間航介, p45-52, PDF
ブナ林植生が日本海側多雪地と太平洋側少雪地で大きく異なる現象(背腹性)が引き起こされる過程について,積雪の包含する環境因子の影響をメカニスティッ クアプローチにより解析した。(1)ブナ林植生の種多様性・個体群構造と気候パラメーターの相関関係を日本海型-太平洋型ブナ林の植生推移帯で解析したと ころ,ブナ林背腹性は積雪傾度に対して異なった反応を示す3つの種群,すなわち,ブナ,汎存種群(ブナを除く),少雪地偏在分布種群の組み合わせによって 生じていることが明らかになった。(2)ブナが多雪環境下で生じる雪の物理的圧力に強いことが日本海型ブナ林におけるブナの優占理由であるとする「雪圧仮 説」について検証した。ブナは極めて高い雪圧まで直立した形状を維持することができ,雪害を受ける率も明らかに低いために多雪地でも最大サイズが制限され ない。(3)太平洋側でブナの優占度が低くなる原因はブナの少雪地における初期更新の悪さに起因するとする「初期更新仮説」について検証した。1993年 の全国同調型豊作年に全国15サイトでブナの種子生産から実生定着までの生残過程を比較したところ,1)種子散布時点では,しいな率・堅果落下量には地域 間の違いが見られず,種子生産量は背腹性の原因とは考えられない,2)昆虫による被害率は多雪地帯で有意に低くなり,背腹性形成の一因と考えられる,3) 堅果落下後の越冬期間に乾燥・菌害(およびバクテリア害)・ネズミ害によって少雪地の健全種子密度が大幅に低下し,実生バンクが機能していない,4)乾燥 害・ネズミ害はともに積雪深と負の相関を持つ因子で背腹性形成に強く関与している,ということが明らかになった。(4)以上の結果より,積雪とブナ個体群 更新の関係性は緊密なものであり,後氷期の分布変遷と日本海側地域の多雪化との関係性を強く支持するものであると結論された。
北上山地の広葉樹林の成立における人為攪乱の役割
大住克博, p53-59, PDF
北上山地の森林植生の成立を,近世から近代における土地利用という人為撹乱との関係を踏まえて考察した。現在の二次林をその種構成により分類すると,それ らは過去の土地利用形態に明瞭に対応して分かれた。それぞれのタイプの二次林を構成する種の特性には一定の傾向があり,それらは,それぞれの場所の土地利 用から推測される過去の撹乱体制下での生存に,有利な働きを持つように考えられた。その典型例は,ウダイカンバとシラカンバという二種の同属種に見ること ができ,両者の景観スケールでの分布の違いは,それぞれの寿命や結実開始齢といった種特性と,場所により異なる人為撹乱様式との相互作用により説明され る。植生の成立に強い影響を示した土地利用の分布は,一方で,その場の立地や自然環境により規定されていた。したがって,現在の北上山地の二次林植生は, 従来重視されてきた立地からの直接的な影響のみならず,立地が規定する土地利用あるいは撹乱様式を経由した,間接的な影響も考慮に入れて理解する必要があ るだろう。このような立地と土地利用による撹乱体制の変化は,北日本における太平洋側と日本海側の植生の背腹性にも,一定の影響を与えているものと考えら れる。
日本の冷温帯林および中間温帯林の成立史
内山隆, p61-71, PDF
日本列島の最終間氷期以降の植生変遷における代表種はスギであることが花粉分析結果に示されている。また,スギ以外の主要な樹種はマツ科針葉樹や落葉広葉 樹であり,現在の冷温帯域に分布するブナ林や暖温帯の常緑広葉樹林が後氷期以前に広範囲に成立していたとは考えにくい。むしろ,コナラ亜属を主とする落葉 広葉樹林が広範囲に分布していたと考えられる。このような推論は,現在の気候的極相林の気温減率をもとにした平行移動による復元とは異なるものであり,後 氷期以前の冷温帯域と推定される地域をブナ林に代表させることはできない。その意味で中間温帯域の多様な植生は気候的な移行帯として,ブナ林の分布域の変 動を知る上でも興味深い。福島県の太平洋側平野部を主とした花粉分析結果は,後氷期後期の植生変遷を以下のように示唆している。約4000年前以前には広 範囲に分布していたブナを交えた落葉広葉樹林域は,南部を中心に約3000年前にかけてモミ林が発達し同時にカシ林も分布を拡大した。この間,北部でブナ 林の分布域は縮小するが約2000年前から約1000年前にかけて再び増加した。約2000年前以降,各地ともにコナラ亜属を主とするが,モミ林の南部で の分布拡大は地点間で不連続になり,ブナ林の南北における分布の連続性を不明瞭にした。約1000年前以降,マツ林の増加とともにモミ林が減少しナラ林を 中心に南部ではカシ林が増加し,北部ではイヌブナ・ブナ・ナラ類を主とする森林が成立した。
[原著]
洞爺湖周辺における最終氷期前期の木材化石群集と森林植生の復元
川村弥生・紀藤典夫, p73-85, PDF
北海道の洞爺湖周辺において洞爺火砕流堆積物に覆われる層準および火砕流堆積物内から,最終氷期前期の木材化石群集を見出した。産出した木材化石の属構成 をもとに下位からI帯,II帯,III帯の化石帯に区分した。I帯はトウヒ属,カラマツ属,モミ属などからなる。II帯はハンノキ属・ヤナギ属やバラ属, スイカズラ属など落葉広葉樹が多い。III帯はカバノキ属とトウヒ属が産出した。I帯では,亜寒帯針葉樹が卓越しており,湿生地にはヤナギ属,スイカズラ 属が生育していたと考えられる。II帯は,湿生地の植生を反映していると考えられる。II帯からはトウヒ属・モミ属・カバノキ属花粉が高い割合で産出し, 後背地には亜寒帯針葉樹林が成立していたと考えられる。III帯も同様に亜寒帯針葉樹林が成立していたと考えられる。洞爺テフラ(Toya)の年代および これまでの花粉分析による研究結果に基づくと,本研究のI-III帯は,酸素同位体ステージ5d-5cに対比される。本地域の木材化石群集は,これまでに 知られる花粉組成と調和的で,花粉分析で検出された分類群が森林の主要構成要素となっていたと考えられる。最終間氷期から最終氷期への気候の変化が北海道 の大きな植生の変化をもたらしたのは,北海道が冷温帯落葉広葉樹林と亜寒帯針葉樹林の境界近くに位置していたからであろう。
窓-まど 標本保管のためのガイドライン, PDF
[報告]
-第21回日本植生史学会談話会
河野樹一郎・牧野真人・岸本剛, PDF
[事務局報告]
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