植生史研究 第7巻第1号(1999年9月発行)
[巻頭写真]
サハリン最北端シュミット半島に分布するグイマツ林とエゾマツ林
沖津進, PDF
サハリン最北端シュミット半島に分布するエゾマツ,グイマツの共存条件とそれから推定される最終氷期の北海道における両種の共存状態
沖津進, p3-10, PDF
サハリン最北端のシュミット半島で,エゾマツ林,グイマツ林の森林構造や両種の樹種の樹形,成長を調査し,シュミット半島での2種の共存条件を考察した。 さらに,最終氷期の北海道で両樹種がどのように共存していたかを推定し,後氷期におけるグイマツの消滅要因について展望した。シュミット半島のエゾマツの 成長速度は最小限近くにまで落ち込んでいた。エゾマツとグイマツの共存条件は,エゾマツの成長が最小限近くにまで落ち込んでいてエゾマツ林成立可能適地が 狭まっていること,および,山火事などの攪乱が頻繁に起こり,開放地が出現することであった。最終氷期の北海道北部では,極相期および晩氷期最末期を中心 に,エゾマツと共にグイマツが量的に多く分布していたが,両種の共存条件は二つの時代で異なっていた。極相期にはグイマツ林もエゾマツ林も共にある程度ま とまって分布し,樹冠面積合計は少なくとも0.5 ha/ha程度には達してかなり発達した森林であったと推察された。グイマツ林がエゾマツ林と共に発達した原因として,現在よりも乾燥条件が著しかったこ とが挙げられた。晩氷期最末期は,エゾマツ林からグイマツ林,ミズナラ林へと移り変わった。この変化には,最終氷期から後氷期にかけての温暖化と攪乱環境 の増大が関与していると考えられた。後氷期にグイマツが北海道から消滅した原因は,温暖化と攪乱環境の増大に伴い,ミズナラなどの落葉広葉樹が著しく増加 したことにあると推察された。
年輪構造による遺跡出土ケヤキ材の伐採季節特定の試み
鈴木三男, p11-15, PDF
遺跡から出土する木材で樹皮が保存されているものでは最外年輪がどの程度形成されているかを観察することにより,その樹木の伐採季節(死亡季節)を 特定できる可能性がある.そこで,千葉県市原市の10世紀以前の官道の盛り土を支持していたケヤキの杭材の最外年輪を観察した.この最外年輪の形成程度が 現在の何時の季節のものに該当するかを調べるため,宮城県仙台市で調べられたケヤキの木材形成過程と比較した.その結果,仙台市で5月9日にサンプリング した木材と同じ形成程度であることが分かった.そして,両地点の植物季節のずれを補正するため,遺跡に程近い千葉市鎌取と仙台市の2地点でケヤキの開芽時 期のずれを比較したところ,前者が後者より2週間早いことが分かった.これらの結果から,出土したケヤキ材は4月25日頃に伐採されたと推定された.これ は暦日であるが,植物季節的にはケヤキの芽がすでに開き,盛んに葉が展開している時期に当たる.以上のことから,樹皮の保存された木材の最外年輪を現生樹 木の木材形成過程と比較することにより,樹木を伐採した時期あるいはその樹木が死亡した時期をかなり正確に特定できることを示した.
「鎮守の森」という言葉について
綱本逸雄, p39-41, PDF