【6巻1号】1998

植生史研究 第6第1号(1998年9月発行)

[巻頭写真]
森林限界とハイマツ帯
小泉武栄, PDF

日本のトウヒ属バラモミ節樹木の現在の分布と最終氷期以後の分布変遷
野手啓行・沖津進・百原新, p3-13, PDF

本州のトウヒ属バラモミ節は,最終氷期最盛期に分布拡大して,晩氷期以降現在までに分布縮小した。その分布縮小過程を検討するために,1)バラモミ節の現在における分布環境(水平分布,温度分布,祇雪分布,混交樹種,分布量),2)最終氷期以降のパラモミ節球果の形態変化を既存資料から整理した。対象樹種は,最終氷期最盛期の堆積物から化石記録があるイラモミ,ヤツガタケトウ上,ヒメバラモミ,アカエゾマツの4種である。本州に分布するパラモミ節4種は,水平分布範囲が異なるが,いずれも年平均最深積雪深150cm以下の寡雪山岳でなおかつ暖かさの指数41から45の温度域に分布の中心をもつ。混交樹種と分布量から生育立地を検討した結果,これら4種の分布域は,植生帯を優占するオオシラビソ,シラベとブナの分布空白域にあたり,コメツガが優占する岩塊地に点在していることが多い。現在の本州におけるバラモミ節4種の隔離分布は,晩氷期以降の温暖・多雪化とそれに伴うオオシラビソなどの亜高山針葉樹類,ブナの分布拡大によって生じたと考えられる。最終氷期最慮期の本州の低地には,現生バラモミ節4種の共通の祖先と考えられるバラモミ節個体群が広く連続的に分布したのが,晩氷期以降の原個体群の分断・縮小とそれに伴う形態変化によって現生バラモミ節4種が生じたと考えられる。

堆積物中の花粉濃度を調べる方法: 各種マーカーグレインの紹介
大井信夫, p14, PDF

森林土壌に堆積した花粉・胞子の保存状態
三宅尚・中越信和, p15-30, PDF

異なった環境下に発達する数種の森林土壌を採取し,土壌中の花粉・胞子の絶対数及びその保存状態と環境条件との関係,さらに主な分類群の花粉・胞子の保存状態の違いを調べた。暖温帯域の森林土壌の中には,湿原の泥炭に匹敵する花粉・胞子数をもつものも認められた。花粉・胞子の保存状態は,強い酸性を示す土壌において良好で,さらに土壌型を基礎とした乾湿状態をみると,適潤から湿性の土壌の方がその保存には有利であった。このように土壌中の花粉・胞子の絶対数とその保存状態は,土性や気温より,土壌のpH値や乾湿に強く影響を受けていると考えられた。土壌中の花粉・胞子は,どの地域でも化学的分解と機械的変形・破損を受けているものが多かった。強い酸性を示す土壌では,生物的に分解されたものの比率が相対的に低率であった。土壌中の花粉と比べると,胞子の保存は極めて良好であった。花粉の保存はその外部形態と外壁の厚さと関係があり.マツ属Pinusやモミ属Abies花粉などは機械的破損を,外壁の薄い花粉の多くは機械的変形・破損と化学的分解を受けていた。結論として,適湿で強い酸性を示す土壌は,分析対象として鮫も有効であるとみられた。また土性が粗い,もしくは乾性の酸性土壌でも,花粉・胞子の絶対数は豊富であったので,それらの保存状態の違いから生じる歪みを補正することにより定量的分析は充分可能である考えられた。