【26巻1号】2017

植生史研究 第26巻第1号(2017年2月発行)

[巻頭写真]
日本と中国のオオバネムノキの生育環境
伊藤彩乃・百原 新

[原著]
Pleistocene fossil leaflets of Albizia kalkora (Roxb.) Prain (Leguminosae subfamily Mimosoideae) from central Honshu, Japan, and its implications for historical biogeography
(オオバネムノキAlbizia kalkora (Roxb.) Prain(マメ科ネムノキ亜科)の本州中部更新統産小葉化石と,その歴史生物地理学的意味)
Ayano Ito, Arata Momohara and Zhekun Zhou(伊藤彩乃・百原 新・周 浙昆), p3-14

Albizia kalkora (Leguminosae subfam. Mimosoideae) is a deciduous tree distributed in Japan, China,Korea, and other countries from Southeast Asia to India. In Japan, its distribution is restricted to the evergreen broadleaved forest zone in southern Kyushu, whereas it is widely distributed in the deciduous broadleaved forest zone in China. Fossil records of A. kalkora from the Plio-Pleistocene have been limited in Kyushu, although A. miokalkora, a closely related fossil taxon, from the Miocene has been found in China, Korea, and Japan. Wede scribe herein A. kalkora leaflet fossils from the Lower Pleistocene Sayama Formation and Middle Pleistocene Shoudai Formation in central Japan. We compared the leaflets with those of modern species in China with similar morphology and identified them as those of A. kalkora based on their size (2–3 cm long), the medial and base asymmetry, and the presence of 2–3 slender secondary veins diverging at the base. Their association with evergreen broadleaved trees in fossil assemblages indicates that A. kalkora expanded its distribution to central Japan during stages with warm winter temperatures. Its distribution was limited to southern Kyushu during the Late Quaternary in Japan, whereas in China it expanded widely into the deciduous broadleaved forest zone, possibly by adapting to cold winter conditions during glacial stages.

オオバネムノキAlbitzia kalkora (Roxb.) Prain(マメ科ネムノキ亜科)は,日本,中国,韓国,東南アジアからインドにかけて分布する落葉高木である。日本では九州南部の常緑広葉樹林域に分布が限られているが,中国大陸では落葉広葉樹林域にまで広く分布している。これまで日本,中国,韓国の中新統から近縁の化石種Albiziamiokalkora Hu et Chaney の化石が見つかっているが,鮮新・更新統の化石記録は九州に限られていた。今回,中部日本の下部更新統狭山層および中部更新統招提層から見つかった小葉のA. kalkora の化石を記載する。中国大陸に分布する類似の小葉形態の種と比較し,2 ~ 3 cm のサイズで,小葉の中部・基部が非対照,基部から2,3 本の2 次脈を分枝するという特徴で,オオバネムノキと他の種を区別した。これまでの化石記録と同様にオオバネムノキには常緑広葉樹が随伴することから,冬季の気温が温暖な時代に中部日本に分布拡大したと考えられる。日本では第四紀後半には南九州に分布が限定されるようになったが,おそらく氷期の寒冷な冬季の気候に適応した結果,中国大陸では落葉広葉樹林帯に分布拡大するようになったと考えられる。

[原著]
降下テフラが植生に与える影響と長期的な回復過程̶完新世中期の十和田中掫テフラの例̶
紀藤典夫・大槻隼也・辻 誠一郎・辻 圭子, p15-26

青森県八甲田山の田代湿原(標高560 ~ 575 m)から採取されたコアの花粉分析の結果に基づき,十和田中掫テフラ(厚さ7 cm;To-Cu;約6000 cal yr BP)降下が植生に与える影響について考察した。分析の結果,テフラ降下以前はブナ属・コナラ属コナラ亜属を主とし,ハンノキ属等の落葉広葉樹からなる花粉組成で,安定した森林が復元された。テフラ直上では,コナラ属コナラ亜属は割合が著しく増加し80%以上に達する一方,その他の樹種は一様に割合が減少し,特にブナ属は30%から2.6%に減少した。テフラの上位1.7 cm でコナラ属コナラ亜属は割合・含有量ともに急激に減少し,他の樹種の割合が増加して,上位8.9 cm の層準(150 ~ 250 年後)でテフラ降下前の組成に近い安定した状態となった。ブナ属とコナラ属コナラ亜属のテフラ降下後の変化の著しい違いは,テフラ降下に対しブナは著しく耐性が低かった一方,ミズナラが強い耐性を持っているためと考えられる。非樹木花粉組成の変化に基づき,テフラ降下後,湿原植生は著しく組成が変化し,分析層準の最上位でもテフラ降下前に戻ることはなく,湿原の生育環境が大きく変化したものと推定した。

[原著]
産状と成分からみたカラスザンショウ果実の利用法について
真邉 彩・小畑弘己, p27-40

土器の圧痕調査の進展に伴い,とくに九州地域の縄文時代を中心にカラスザンショウZanthoxylumailanthoides の種実が数多く発見されるようになった。カラスザンショウは今ではほとんど利用されない植物であるが,その人為的な出土状況や出土量の多さからみると,縄文時代~弥生時代の西日本地域の当時の代表的な照葉樹林構成種を示すばかりでなく,当時の人々によって果実が利用されていた状況を強く示唆している。その効用を探るため,カラスザンショウを中心にサンショウ属果実の成分分析をおこなった。カラスザンショウ種実に多く含まれていた精油成分のテルペン類,1,8- シネオールが貯蔵食物害虫の駆除に効力を発揮するため,これらが縄文時代の多数の遺跡から土器圧痕として発見されるコクゾウムシの防駆虫剤として利用された可能性を提示した。

[原著]
三木茂標本の大型植物化石と花粉化石から復元した最終氷期最寒冷期の中国地方北西部の針葉樹林
西内李佳・百原 新・塚腰 実, p41-52

三木茂博士が採取した島根県大田市白杯高津(標高220 m)の大型植物化石標本について,AMS14C 年代測定,大型植物化石の再同定,大型植物化石に付着していた堆積物を用いた花粉分析を行い,最終氷期最寒冷期の中国地方北西部の古植生を復元した。最終氷期最寒冷期の白杯高津の谷にはコメツガとトウヒが優占し,シラビソ,チョウセンゴヨウ,トウヒ属バラモミ節,ヒノキを含む針葉樹林が分布していた。最終氷期最寒冷期の中国地方の日本海側の低標高域には温帯性針葉樹林が分布していたと考えられてきたが,現在の亜高山帯域と共通の組成の亜高山帯針葉樹林が分布していたことが明らかになった。中国地方の最終氷期最寒冷期の花粉化石群資料を整理すると,低標高域でも斜面の多い場所には亜高山帯針葉樹が多く,高標高域でも湿原や緩斜面が広がる場所では温帯落葉広葉樹が分布するといった,標高差よりもむしろ後背地の地形の差で植生が異なっていた。博物館で保管されている大型植物化石を利用することで,高精度の年代値に裏付けられた詳細な古植生復元ができることが明らかになった。