植生史研究 第34巻第1-2号(2026年1月発行)
特集:4.2 ka イベントが縄文時代の人々の生活環境に与えた影響
[巻頭写真]
埼玉県北本市デーノタメ遺跡における発掘調査
能城修一・磯野治司,p. 1-2
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[総説]
4.2 ka イベントにより生じた世界各地の気候変動と人々の生活環境に与えた影響
能城修一,p. 3-22
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最終氷期の後,約1.2 万年前に始まった後氷期の完新世にも大きな気候変動が存在し,現在,約8220–8060年前に起こった8.2 ka イベントと約4300–3890 年前に起こった4.2 ka イベントを区切りとして,完新世は前期と中期,後期に区分されている。とくに4.2 ka イベントは人類社会がある程度発展してから起こった環境変動であるため,文明の崩壊や断絶といった点で注目されてきた。本論では,まず8.2 ka イベントと4.2 ka イベントの完新世における位置付けを記述した後で,4.2 ka イベントが世界の人類社会に及ぼした影響を概観し,ついで中国大陸での状況をやや詳細に検討する。中国大陸では,この時期の気候変動により,北西部では4.2 ka イベントを契機として新石器文明から青銅器文明へと継続し,南東部では新石器文明の後,青銅器文明への継続はなかったとされており,小麦・大麦や家畜のユーラシア大陸西部から北西部への導入との関連が議論されている。こうした海外での研究に比較して,日本列島周辺での4.2 ka イベントの検討は陸上ではごくわずかであり,琉球列島周辺を中心とした海域で,この時期の環境変動が検討されているにすぎない。4.2 ka イベントにおける気候変動は,現在,多数のプロキシー・データを総覧した解析が行われており,このイベントの実態について様々な議論が展開されている。
[総説]
4.2 ka イベントは縄文時代中期の人々の活動に影響を与えたのか―年代学的視点からの再検討―
工藤雄一郎,p. 23-30
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4.2 ka イベントは,考古学的には縄文時代中期から後期への移行の時期に起こった気候変動として捉えることができる。縄文時代中期から後期にかけては,集落規模や集落構造,生業活動が大きく変化する時期でもある。ドンゲ(Dongge)洞窟やモームルー(Mawmluh)洞窟の鍾乳石の酸素同位体比変動に基づけば,4400–3900 230Th BP 頃にかけての比較的時間幅をもった環境イベントとして4.2 ka イベントを捉える必要がある。年代学的な対比に基づけば,このイベントの開始時期に対応するのは縄文時代中期ではなく縄文時代後期初頭であり,土器型式でいうと称名寺1 式・称名寺2 式の頃である。さらに,4.2 ka イベントのピークは縄文時代後期前葉の堀之内1 式の時期であり,堀之内2 式から縄文時代後期中葉の加曽利B1 式の時期まで継続したと考えられる。また北東北では,4400cal BP 以前にはすでに三内丸山遺跡の集落規模が大幅に縮小していることは明らかである。4.2 ka イベントの中心的な時期は縄文時代後期前葉の十腰内IA 式の開始期であり,三内丸山遺跡での集落規模の縮小とは時間的に一致しない。三内丸山遺跡の集落の廃絶と4.2 ka イベントとを因果関係で説明するのは困難である。
[総説]
花粉化石群からみた東日本における4.2 ka イベントの植生と人為生態系への影響
吉川昌伸,p. 31-42
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東日本における4.2 ka イベントの植生と人為生態系への影響を明らかにするため,この期の堆積物が多く残っていた埼玉県北本市のデーノタメ遺跡を中心に花粉化石群を検討した。デーノタメ遺跡では集落が縄文時代中期から後期に継続して形成され,クリやウルシの資源管理が継続して行われていた。4.2 ka イベントの約4000 cal BP 以降にトチノキが拡大し,台地縁にクリとトチノキが並んで生えていた。トチノキの分布拡大は人の関与の可能性が高く,4.2ka イベントの人の活動と人為生態系への影響は少なかったと推定した。
[総説]
八ヶ岳周辺地域における4.2 ka イベント前後の縄文集落の変化とトチノキ利用
佐野 隆,p. 43-51
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八ヶ岳周辺地域の縄文時代遺跡で炭化植物遺体の種同定と種実圧痕調査を実施し,4500 年前の縄文時代中期末葉の中部地方内陸部でトチノキ種子の利用が始まったことを確認した。トチノキ種子のアク抜きには低温で安定した水量の利水環境が必要である。また成長が遅いトチノキを利用するためにはトチノキ群落の近くに居住地を設けることが合理的である。こうして中期末葉の関東・中部地方ではトチノキ種子を利用するために既存集落を廃し,新たに好適地に居住地を設ける動きが広がった。従来,中期末葉に集落が一斉に廃絶するといわれていたが,トチノキ種子を利用することが集落動向の変化の契機となったと考えられる。中期末葉にトチノキ種子の利用が始まった背景には4.2 ka イベントに関連した気候変動の影響も想定されるが,考古資料と植物考古学のデータを対照しながら検討する必要がある。
[雑録]
報告-The 14th International Meetings on Phytolith Research(14th IMPR)
林 尚輝,p. 52-53
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[雑録]
報告-第53 回日本植生史学会談話会・日本第四紀学会2025 年大会巡検
酒井和也,p. 54-55
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[雑録]
報告-第54 回日本植生史学会談話会
鳥井夏希,p. 56-57
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[事務局報告] p. 58-64
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