【27巻1号】2018

植生史研究 第27巻第1号(2018年6月発行)

[巻頭写真]
秋吉台の火入れと植生
渡邊稜也・江口誠一・藏本隆博

[原著]
弥生時代から古墳時代の西日本における鋤鍬へのイチイガシの選択的利用
能城修一・村上由美子・佐々木由香・鈴木三男, p3-16

関東地方で報告されたイチイガシの選択的利用が,弥生時代から古墳時代の西日本においても存在するかを,この時代の木製品類が多数出土していて樹種同定用プレパラート標本が保管されている九州から北陸・東海地方の14遺跡で検討した。その結果,現在のイチイガシの分布範囲では,鋤鍬の完成品,未成品,原材でイチイガシあるいはイチイガシの可能性の高い樹種が40 ~80%を占め,イチイガシ以外のアカガシ亜属が残りの20 ~50%を占めていた。イチイガシの分布範囲から外れる鳥取県青谷上寺地遺跡や石川県八日市地方遺跡ではイチイガシ以外のアカガシ亜属が60 ~90%選択されていた。分布範囲の外でも島根県西川津遺跡ではイチイガシが多用され,青谷上寺地遺跡におけるイチイガシの利用,鳥取県と島根県でのイチイガシの大型植物遺体の出土状況から考えて,鳥取県と島根県には弥生時代から古墳時代にイチイガシが自生していたと想定された。樹種および器種ごとに放射径をみると,鋤鍬と泥除の放射径はこれ以外の木製品類に比べて大きく,それらの素材の調達には多大な労力を要したと考えられた。西日本の14 遺跡では,完成品や未成品,原材の比率から鋤鍬の製作場所や流通を推定することは困難であった。水田稲作農耕が中国大陸から朝鮮半島南部を経由して九州北部にもたらされたことや現在のコナラ属植物の分布から考えて,イチイガシの鋤鍬への選択的利用は九州北部で成立したと想定された。

[原著]
中大型植物化石群から復元した北海道北部猿払川湿原群の発達過程
矢野梓水・百原 新・近藤玲介・宮入陽介・重野聖之・紀藤典夫・井上 京・横田彰宏・嵯峨山積・横地 穣・横山祐典・冨士田裕子, p17-30

北海道最北部の猿払川流域の湿原群は,ムセンスゲなどの北方系湿生植物の生育地となっている。この湿原群のうち,猿払川下流域の浅茅野西アカエゾマツ湿地林(標高5.8 m)と中流域の猿払川中湿原(標高11.8 m)でボーリング・コアを採取し,AMS14C 年代測定と大型植物化石分析を行った。さらに,中流域の猿払川丸山湿原(標高15.6 m)の年代資料の追加とスゲ属痩果化石の再検討により,猿払川流域の約9200 cal BP 以降の湿原植生の変遷を復元した。浅茅野西アカエゾマツ湿地林と猿払川中湿原では,約6320 ~5290 cal BP の海水面の低下により,汽水生植物群落が生育した河口域が埋積して泥炭の堆積が始まり,湿原が発達し始めた。その後,3 湿原とも抽水植物群落を含む湿地からハンノキ低木林へと植生が変化した。ハンノキ低木林は,中流域の猿払川中湿原と猿払川丸山湿原では高層湿原植生に変化し,下流域では浅茅野西アカエゾマツ湿地林が形成された。この植生変化は,泥炭が蓄積し続けることにより,無機栄養性泥炭湿地の表面が河川の氾濫水面に対して上昇し,貧栄養化することによると考えられた。猿払川丸山湿原の堆積物にはシルト層が頻繁に含まれることから,下流域の湿原よりも洪水の影響を受けやすく,ハンノキ低木林や高層湿原植生への発達が遅れたと考えられる。ムセンスゲは高層湿原の形成とともに,約1100 cal BP に猿払川丸山湿原に定着したことが明らかとなった。

[短報]
秋吉台北部における大シブリ・ドリーネ堆積物中の植物珪酸体からみた植生変遷―特に草地景観の成立時期について―
渡邉稜也・江口誠一・藏本隆博, p31-36

Vegetation history was reconstructed from phytolith assemblages and macro-charcoal from sediments in the Ooshiburi-dorine on northern Akiyoshi-dai Plateau, Yamaguchi Pref., Japan. Eleven phytolith morphotypes were identified from samples, and phytolith zones were divided into zones I and II. Phytolith assemblages and charcoal concentrations in the sediments indicate that arboreal vegetation existed with abundant Sasa on the forest floor at study sites in zones I and II corresponding to the period of the last 200–300 years and that Miscanthus and Bambsoideae grassland was developed under the influence of human disturbance such as fire.

[短報]
秋大型植物化石群から復元した中期更新世後半MIS7.3の八ヶ岳東南麓の古植生と古気
辻 ひさ・百原 新・水野清秀・内山 高・内山美恵子, p37-42

Paleovegetation and palaeotemperature at 1160 m a.s.l. at the southeastern foot of Mt. Yatsugatake were reconstructed based on plant macrofossil assemblages from fluvial deposits in two horizons a sand layer intercalating the Blue Glass tephra deposited around MIS7.3 of the late Middle Pleistocene. A deciduous broadleaved forest grew near the study site, and a pinaceous conifer forest spread in upstream areas at higher altitudes. Plant macrofossil assemblages included taxa distributed mainly in the warm-temperate zone, such as Selaginella remotifolia, Buxus microphylla, and Phytolacca japonica. The annual mean temperature at the site of fossil deposition was estimated to be slightly warmer than that at the present (7.8°C) from the coldest limit of distribution ranges of Phytolacca japonica (8.5°C) and Selaginella remotifolia (8.1°C).